東京地方裁判所 昭和33年(ワ)9968号 判決 1963年12月23日
原告 井上昭子
被告 渡辺万助 外三名
主文
被告らは連帯して原告に対し六三〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三二年四月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
この判決は仮に執行することができる。
事実
当事者双方の申立及び事実上の主張は、別紙記載のとおりである。(立証省略)
理由
一、昭和三二年四月一二日午後〇時二〇分頃、三鷹市下連雀七八番地先小金井街道の路上で、同市孤久保交叉点方面より小金井方面に向つて(東から西へ)進行して来た被告田村運転の普通乗用自動車の右前部フエンダー付近と、反対方向より(西から東へ)進行して来た被告小池運転の三輪貨物自動車のボデー右前部とが衝突した事実は当事者間に争いがない。そして原本の存在とその成立に争いのない甲第九号証第一一乃至第一五号証第二一、二二号証と被告小池允本人尋問の結果(後記信用しない部分を除く。)とを綜合すれば、右の道路の全幅員は、九、二米、有効幅員は八、二米であるが、当時衝突地点より約八、五米東南方道路南端に大八車が停車していたのでその個所の通行可能幅員は一、六米だけ狭くなつていた事実、衝突直前被告田村はその自動車を運転して時速約二〇粁で道路の中央より南寄りを西進していたが、右大八車の約八米手前でこれを発見すると同時に、反対方向道路中央よりやや北寄りを時速約三〇粁で東進する被告小池運転の自動車を前方約二六米に発見、とつさに右大八車を避けて前進を続けるためその右横にあたる道路中央部に進出しても、被告小池の車と安全に擦れ違えるものと判断し、同一速度のまま大八車の停車している個所の手前において、右にハンドルを切り道路中央線よりやや北寄りに進出した事実、他方被告小池も略同時に前示大八車を発見し、ついで対向者である被告田村運転の車の進行して来るのを認めたが、対向車が避譲するものと判断してやや左に寄つたまま同一速度で進行した事実、その結果両車は大八車の西北方約八、五米道路南端より約五、四米、北端より約三、八米の地点で前認定のとおり接触し、その衝撃のため被告小池は運転を誤り、さらに東北方に向け約一〇、五米進んで停車したが、その際同所附近でその車体をもつて原告の養母井上マツを跳ね飛ばした事実がいずれも認められ、以上の認定に反する被告小池本人尋問の結果の一部は前掲各証拠に照し信用しない。そしてその際井上マツが頭蓋骨折(脳出血)肋骨骨折、右大腿骨骨折の傷害を受け、右頭蓋骨折により即死した事実は当事者間に争いがない。そもそも右認定の如き幅員の道路において、特に道路南端に大八車が停車していた状況にあつては、その付近を通過しようとする自動車運転者としては対向車の有無に注意し、対向車の進行し来るのを認めたときは、その動向を見究わめ、いやしくもこれと接触することのないよう対向車の進路如何によつては直ちに停車し、あるいは対向車を避譲し得る様万全の措置を講ずべく、すなわち被告田村としては八大車の手前で一且停車して、被告小池運転の車に進路を譲るか、進行を継続するとすれば、特に対向車の動向に注意し安全を確認しながら進行すべき注意義務があり、また被告小池としては被告田村運転の車が大八車の右横(被告田村から見て)に進出し、従つてその車の全部または一部が道路中央線をこえてその北寄りに進出することあるべきを予見し、これと接触しないよう、さらに道路の北端近くに寄つて進行し、あるいは必要に応じ停車する等の注意義務があると認められるところ、前記認定事実によれば、同被告らはいずれも右義務を怠つた過失があり、この双方の過失が相よつて衝突事故を惹起し、さらにその衝突の結果の自動車の暴走により井上マツの死亡という結果を将来したものと認められる。そして自動車の衝突事故の場合付近を通行中の者が衝突により暴走した車体に触れて受ける傷害は、通常生ずべき損害ということができるから、暴走した車の運転者である被告小池は勿論、その対向車の運転者である被告田村も右傷害により井上マツ及び原告が蒙つた損害を賠償すべきものである。
二、次に原告は被告渡辺同誉田に対し自動車損害賠償保障法第三条にもとづき、右事故による損害賠償を請求する。被告誉田がスクラツプ業を営み、被告小池はその店員として本件事故当時被告誉田のため前記三輪自動車を運転していたものであり、従つて右事故は被告誉田のため自動車を運行の用に供しているときに発生したものであることは、同被告の認めるところである。
又被告渡辺がガソリンスタンドを経営し被告田村がその店員であつたことは、被告渡辺の認めるところであり、前出甲第二一号証、成立に争いのない乙第二号証原本の存在とその成立につき争いのない丙第一号証と、証人吉村弘、同禰津省三の各証言、被告渡辺万助本人尋問の結果(但し後記措信しない部分を除く。)を綜合すれば、被告渡辺はガソリンスタンドの客の依頼により附随的業務として、自動車によるガソリンの配達及び自動車の小修理を行い、それに伴つて自動車の保管をもしていたこと、被告田村は、ガソリンの配達等のため被告渡辺保有の自動車を運転する仕事をも担任していたが、本件事故はたまたま当日昼休みで休憩中被告田村は店の客である訴外名越某の依頼を受けて被告渡辺において保管していた自動車を勝手に引き出し運転している間のでき事であつた事実が認められる。(証人禰津省三の証言、被告渡辺万助本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信しない。)しかし前記法条は報償責任の原則に立脚し、自動車運転により利益が抽象的外形的に観察して帰属すると認められる者に同条による責任を負担させる趣旨の規定であると解するを相当とするところ、前記認定事実によれば、被告渡辺は一般的に観てその保管にかかる自動車を運行し、これによつて利益を受くべき地位にあり、しかも本件事故の原因たる運行が具体的には被告渡辺の命に出たものでもなく、被告田村が私用の目的でこれをなしていたとしても、なお外形的に被告渡辺の支配する領域内のできごとと認めることができるから、被告渡辺は結局当該自動車を自己のため運行の用に供したものとして、同法条による責任を負担すべきものであると認めざるを得ない。被告渡辺、同誉田は何れも同法条但書の免責事由を主張するが、被告田村、同小池の過失の認められることは前記のとおりであるから、右抗弁は何れも採用できない。
三、そこで本件事故による井上マツの死亡により同人及び原告が蒙つた損害について判断する。
(1) 得べかりし判益の喪失による損害。
井上マツが死亡当時五八才であつたことは当時者間に争いなく、原告本人尋問の結果と、これによつて成立の認められる甲第五号証(被告誉田同小池は成立を認める。)により、井上マツは死亡当時武藤野市内の旅館の料理人として勤務して、一ヶ月一〇、〇〇〇円の収入を得ていた事実が認められる。又同女の平均余命が一八年であつたことは公知の厚生省作成の平均余命表により明かであつてうち勤務可能年数は少くとも一〇年であると認めるのを相当とするところ、右月収より生活費相当額であると原告の自認する一ヶ月四、〇〇〇円を控除すれば、一〇年間の右マツの得べかりし利益の喪失による損害は七二〇、〇〇〇円となりこれからホフマン式計算方法により中間利息を控除すれば少くとも四八〇、〇〇〇円となる。よつて井上マツは被告らに対して連帯して右四八〇、〇〇〇円の損害賠償請求権を有したと認むべきところ、原告が井上マツの養女で唯一の相続人であることは当事者間に争がないから原告は右の権利を相続によつて取得したと認められる。
(2) 原告が井上マツの葬式費用として五〇、〇〇〇円を支出したことは当事者間に争いがない。そしてこれは本件事故により原告の蒙つた損害と認められる。
(3) 成立に争いのない甲第一号証と原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告は昭和一六年一二月一三日玉木義治、同タキの三女として生れ、生後三日目位から井上知孝同マツの下に引き取られて養育を受け、昭和一八年三月一六日正式に養子縁組をしたものであるが、昭和三一年一二月一八日養父と死別し、その頃から家計を助けるため、昼間は食堂に勤務しながら夜間高等学校に学んでいたもので、本件事故は養父の死亡後いくばくも経ないうちであつたため、これによつて著しい精神的打撃を受けた事実、原告の実父は八高線列車事故のため右足を失い、全く経済的援助は期待できず原告所有の資産としては一〇坪前後の建物が一戸あるのみで、他には見るべきものもない事実が認められ、これに前認定にかかる事故当時被告渡辺はガソリンスタンドを経営するものであり、被告誉田はスクラツプ業者であつた事実および前記事故における被告田村同小池の過失を合せ考えれば、原告の本件事故により蒙つた精神的損害は少くとも一〇〇、〇〇〇円を下らないものと評価することができる。
四、以上の次第であるから被告らは原告に対して連帯して、以上(1)乃至(3)の合計六三〇、〇〇〇円およびこれに対する不法行為の日である昭和三二年四月一二日から右完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があると認められる。よつて原告の請求は全て正当と認められるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文、仮執行の宣言について同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 吉岡進 龍岡稔 伊藤博)
別紙
第一、申立
一、原告
「被告らは連帯して原告に対し六三〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三二年四月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決と仮執行の宣言を求める。
二、被告全員
「原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。
第二、事実上の主張
一、原告の請求原因
(一) 昭和三二年四月一二日午後〇時二〇分頃三鷹市下連雀七八番地先小金井街道の路上で、同市孤久保交叉点方向より小金井方面に向つて進行して来た被告田村の運転する普通乗用自動車の右前部フエンダー付近と、反対方向より進行して来た被告小池の運転する三輪貨物自動車のボデー右前部とが衝突し、その結果被告小池は運転を誤り、同被告の運転する三輪車の右前部付近が、同所付近を歩行中の井上マツに当つて同人をはねとばし、そのため同人は頭蓋骨折(脳出血)、肋骨骨折、右大腿骨骨折の重傷を受け、右頭蓋骨折が原因でその場で即死した。
(二) 右事故は、被告田村及び同小池の次のとおりの過失により発生したものである。すなわち
(1) 被告田村は、右事故地点付近を時速約三〇キロメートルで進行していたのであるが、同所は交通ひんぱんにして比較的狭隘な道路であり、当時前方約一〇メートルの道路端に大八車が停車しておりまたその頃前方約四〇メートルの地点に反対方向より進行してくる被告小池の運転する三輪自動車を発見し、そこを通過するには道路中央よりやや右側を進行することになり、被告小池の車とすれ遠いの危険な状況であつたから、かかる場合自動車運転者としては被告小池に進路を譲るため大八車の後方に停車するなり、或は進行を続けるについては特に道路や交通状況を注視し、安全なことを確認して進行する等の事故発生を未然に防止すべき注意義務があるにかかわらず、これを怠り、大八車の右横を被告小池の運転する車より先に通過できるであろうし、そうでなくとも被告小池が進路を譲つてくれるであろうと軽信し、慢然そのままの速度で、しかも反対方向の進路に侵入して進行した。被告田村には右の過失があつたものである。
(2) 被告小池は、前記事故地点付近を時速約三五キロメートルで進行していたのであるが、同所は交通ひんぱんにして比較的狭隘な道路であり、当時前方約二〇メートルの道路右端に大八車が停車しており、かつその後方約三メートルの地点に反対方向より進行してくる被告田村の運転する自動車を発見し、このまま進行するときは被告田村の運転する車が進路を譲らずに大八車の横に進出し、自己の運転する車と接触するかもしれない危険な状況であつたから、かかる場合自動車運転者としてはできる限り、道路の左端に寄り、前方左右の交通や道路の状況等を注視するのはもちろん、徐行して、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるに拘らず、これを怠り、慢然、制限時速(三二キロメートル)を超過した前記時速でしかも後車輪の位置を道路中央にして、進行した。被告小池には右の過失があつたものである。
(三)(1) 被告渡辺はガソリンスタンドを経営し、被告田村はその店員として、事故当時、被告渡辺のガソリン販売業務に関連して自動車を運転していたものであるから、前記事故は被告渡辺のため自動車を運行の用に供しているときに発生したものである。
(2) 被告誉田はスクラツプ業を営み、被告小池はその店員として事故当時被告誉田のため前記三輪自動車を運転して、ドラム缶を運搬していたものであるから、前記事故は被告誉田のため自動車を運行の用に供しているときに発生したものである。
(四) 右の次第であるから、被告田村及び同小池は民法により、同渡辺及び同誉田は、自動車損害賠償保障法第三条により、いずれも前記事故により生じた損害を賠償する義務があるところ、原告は次のとおり合計金六三〇、〇〇〇円の損害賠償債権を取得した。
(1) 井上マツは死亡当時、五八才の健康者で、武野市吉祥寺所在のお茶の水旅館の料理人としての特技を有し、月額一万円の収入をえていたところ、統計上あと平均一八年余命を有していたから、このうち勤務可能年数を少くともあと一〇年間と計算すれば、同人が本件事故により蒙つた得べかりし収入の喪失は、毎月四、〇〇〇円を生活費として控除すれば、合計七二万円となる(六、〇〇〇円×一二×一〇)。これを一時に請求するためホフマン式計算法により中間利息を控除すると、その額は四八〇、〇〇〇円となる。(七二〇、〇〇〇円÷(一+一〇×〇、〇五))
原告は右マツの養女で唯一の相続人であるから、右マツの有していた損害賠償債権を全て相続した。
(2) 原告は、右マツの葬式費用として、少くとも金五万円を支出した。
(3) 本件事故により母マツを失つたことによる原告自身の精神的損害は、少くとも慰藉料として金一〇万円を支払われなければ償いがたいものである。すなわち、原告は昭和一六年一二月一三日玉木義治の三女として生れ、井上知孝(マツの夫)及び同マツと養子縁組をしたものであるが、養父知孝は昭和三一年一二月一八日に死亡したため、自ら苦学する決心をして商業高校の定時制に進学し、昼間は給食部の仕事に従事し生活の資と学資をえていたのであるが、またもや本件事故により養母マツを失うに至つたため、その受けた精神的打撃は極めて深いものがある。なお実父は八高線列車事故により身体障害者となり、原告としてほかに頼るものがないのである。
(五) よつて、原告は被告らに対し、連帯して右金六三、〇〇〇円及びこれに対する不法行為時である昭和三二年四月一二日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二、請求原因に対する被告らの答弁
1 被告田村
請求原因(一)について
原告主張の日時場所において、原告主張のとおり被告田村の運転する乗用自動車と被告小池の運転する三輪自動車とが衝突したこと、同日同時刻頃井上マツが原告主張の傷害により即死したことは、認める。その余のことは否認する。井上マツの死は、両車が衝突後、被告小池の車が高速で走つていたため、直ちに停車せず、約一〇メートル左斜め前に進行し道路わきの電柱に衝突して停車した際、そのシヨツクにより荷台が車から離脱し、進行方向左側に飛びはね、積荷のドラム缶を左手にはねとばし、前記電柱の蔭ないしその付近の小路の出入口付近に佇立していたマツに右荷台又はドラム缶が当つて惹起したものであつて、被告田村の自動車の運転と相当因果関係がない。
同(二)(1)について
大八車が事故地点の道路南端に停車していたことは認める。その余のことはすべて否認する。井上マツの死は被告小池のスピード違反及び荷台の取付を完全にしておかなかつた過失により生じたものである。また自動車の衝突についても、被告田村にはなんら過失がなかつた。
同(四)について
事故当時井上マツが五八才であつたこと、原告が井上マツの養女でその唯一の相続人であること、原告が井上マツの葬式費用として少くとも金五万円を支出したこと、原告がその主張の日に出生したことは認める。その余のことはすべて不知。
2、被告渡辺
請求原因(一)について
原告主張の日時、場所において原告主張のとおり被告田村運転の乗用自動車と被告小池運転の三輪自動車が衝突したこと、同日同時刻頃井上マスが原告主張の傷害により即死したことは、認める。その余のことは不知。
同(三)(1)について
被告渡辺がガソリンスタンドを経営し、被告田村がその店員であつたことは、認める。その余のことは否認する。被告田村の従事していた仕事は顧客に対してガソリンの給油等をする仕事であつて、自動車の運転は同人の職務外であり、本件の自動車は被告渡辺の所有ではなく、被告田村がなした運転も被告渡辺の事業とは何ら関係のないものである。従つて、被告渡辺は事故当時、自己のため被告田村をして自動車を運行させていたものではない。
同(四)について
被告田村の認否と同じ。
3、被告小池
請求原因(一)について
原告主張の日時、場所において、原告主張のとおり被告田村の運転する乗用自動車と被告小池の運転する三輪自動車とが衝突したこと、同日同時刻頃井上マツが原告主張の傷害により即死したことは、認める。その余のことは否認する。
同(二)(2)について
すべて否認する。本件事故は被告田村の一方的過失により生じたものであり、被告小池には過失がない。
同(四)について、
事故当時井上マツが五八才であつたこと、原告が井上マツの養女で、その唯一の相続人であること、原告が井上マツの葬式費用として少くとも五万円を支出したこと、原告がその主張の日に出生したことは認める。その余のことは否認する。
4、被告誉田
請求原因(一)について
被告小池の認否と同じ。
同(三)(2)について
すべて認める。
同(四)について
被告小池の認否と同じ。
三、被告誉田の抗弁
本件事故は被告田村の運転する自動車が事故地点付近を右側通行した過失により発生したものであつて、被告小池には何ら過失がなかつたし、被告誉田も、事故防止のためには十分注意を尽していた。また被告誉田の本件三輪自動車には構造上の欠陥も機能の障害もなかつた。よつて被告誉田には損害賠償義務はない。
四、被告誉田の抗弁に対する原告の答弁
被告田村に過失があつたことは認める。被告誉田の自動車に構造上の欠陥、機能の障害がなかつたとのことは不知。その余のことはすべて否認する。